32歳・水産営業マンがITエンジニアを目指した原点。私を救った「マナガツオとPHP」の物語

水産商社×IT

私の原点はプログラミングスクールではない。水産商社時代、「在庫が見えない」という絶望的な現場を救ったのは、独学で触れたPHPでした。ITの力で誰かの役に立つ喜びを知った、あの日の実体験を綴ろうろ思う。

1. スピードと正確性が命の現場で「在庫が見えない」という絶望

私は32歳でIT業界に飛び込んだが、その原点は情シスでもプログラミングスクールでもない。新卒で入社した水産商社時代に出会ったとある裏システムである。

水産商社の営業は、スピードと正確性が重要だ。 「太刀魚、今いくつある?」「真魚鰹、ロットごとのサイズは?」 客先からの電話に即答できなければ、商機は一瞬で消える。

しかし、当時導入されていた販売管理システムは、お世辞にも「使いやすい」とは言えなかった。在庫一覧を確認する機能が弱く、リアルタイムで全体像を把握するのは不可能であった。社長からは「在庫を常にノートに書くんや、それが閻魔帳や」と謎のお言葉を頂き、入社3か月ぐらいはマジで信じていた。

2. 伝説の「PHPツール」との出会い

しかし、当時の会社には社長も知らないwebツールが存在していた。それは元従業員(前職はSEだったらしい)が作った、ブラウザで最新の在庫数が一目で確認できるものだった。urlの末尾がphpだったので、おそらくphpで作られたものだろうと推測している。

当時私が担当していた魚は、太刀魚、鯵、ハゼ、甘鯛、真魚鰹、キス、姫鯛、赤松鯛、舌平目などの約10種類だったが、扱っているすべての魚種が一元管理され、さらに「サイズ別」「仕入れロット別」に在庫の合計が並んでいた。

極めつけは、その「在庫数」をクリックすると別ウィンドウがスッと開き、その魚がいつ、どこに、どれだけ出荷されたのかという「履歴」が瞬時に表示される。

「天才じゃね?」

こんなツールを作れる人間になりたくなるぐらい感動した。

3. 「仕組み」が人を救う瞬間を目撃した

当時の私は、PHPが何かも、データベースが何かも知らなかった。 この便利ツールが7年以上前からずっと使われており、私もその恩恵を受けて仕事をしていた。もはやこのツールなしで仕事をするなんて考えられないレベルである。

この衝撃こそが、私がITという世界に強烈な興味を持った最初の出会いだった。

4. 32歳で営業からSEにキャリアチェンジした理由

その後、私は営業職としてメーカーに転職をした。その当時からSEも視野に入れていたが、「SEはブラック」というイメージが強すぎて同じ営業職を選択した。営業職で入社後、DBを触り、BIツールの作成をしていくなかで、どうしてもIT業界で働きたいという思いが強くなった。

32歳でもその思いが途絶えることはなかったので、キャリアチェンジするなら最後の年齢と腹を括って数社だけエントリーした。その結果、1社からお声がけをいただく事ができた。そこで3年ほど開発経験を積み、再度転職して今の社内SEという立場に落ち着いた。

ここまでこれたのは、あの時のPHPツールのように「現場の困りごとを技術で解決する喜び」を、今度は自分の手で作ってみたいという執念があったからだ。

今は、会社の為になるような仕組みづくりをIT部門として行えることを非常にうれしく、楽しくも思っている。人生紆余曲折あったが、なんとかなるもんだ。

私が120社落ちを経験しながら社内SEに転職した記事はこちら

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